好きになってくれてありがとう
つい先ほど、テレビをつけてザッピングしていたら、
たまたま耳に入ってきた話がありました。
とある俳優さんが、シングルファーザーとして手塩にかけて育てた娘の彼氏に初めて会ったときの気持ちについて、話していました。
「娘を好きになってくれてありがとう」
と、思ったそうです。
自分が一生懸命育てた娘を好きになってくれて、ありがとう、と。
そして、それを聞いていた別の俳優さんが、その話に共感できると言っていました。
きっと、娘を愛する父親はたいていそんな風に思っているのでしょうね。
このお話を聞いて、とても苦しい気持ちになっています。
私は娘のほうの立場です。
私がいつまでも、彼氏らしい彼氏がおらず、嫁に行かなかったら…
父が育てた私のことを、誰も好きにならなかったら、父は…
どう思うんでしょうね。
いや、かつて私にも彼氏はいました。これまで二人の男性とお付き合いしたことがあります。
しかし、一人はデートDVまがいなことをする、思考がとても極端なほうへ走りやすい、とても…言動も思考も暴走しやすい人で、恐ろしくなってどうにかこうにか別れました。今でもトラウマになっているエピソードが、いくつかあります。
もう一人は、いろいろとすれ違いがあって別れてしまいました。
そのあとも連絡を取ったことはありましたが、これまたトラウマになるようなエピソードがあって疎遠にしました。
要するに、問題のある人にしかまともに好かれたことがありません。
類は友を呼ぶと言いますし、問題のある人にしか好かれない私は……
父に(というか両親に)、とても申し訳ない気持ちでいっぱいです。苦しいです。
おそらく愛して育てた娘は、まっとうな人に好かれない。
失敗作と呼ばれても否定できません。まっとうに育つことができなかった。
両親が悪いのではなく、私自身の特性に問題があるのに。両親は健常者なのに、私は発達障害があるのです。
いつかまっとうな人に好かれるに値する、それなりにマシな人間になれるのでしょうか…
どんなに頑張っても、健常な人にはなれないので、人並み以上に努力して、健常者とは違った方法で補って、
大学を出て、職につき、それなりな稼ぎを得て、とても少ないながらに友人関係を築き、会社での同僚ともどうにかうまくやっています、が。
社会的にはまっとうかもしれませんが、人間性はまだまだですね。
時折、
そこまで必死にまっとうを装って、最後に私に何が残るのだろうかと…むなしくなることがあります。
それでは、おやすみなさい。